製造業設備保全に革新をもたらすエッジコンピュータの開発
第139回 かわさきビジネス・アイデアシーズ賞
会社紹介
少子高齢化、ベテラン技術者の退職などにより、設備保全を行う技術者が減りつつあります。設備保全は、工場に常駐して設備の修理やメンテナンスを行う仕事であり、安全で安定した生産を維持するために欠かせない存在です。一方、工場の機械や設備は年々自動化が進んでおり、高度な保全技術が求められるようになってきました。そのため「人材が不足しているのに、より高いスキルや経験が求められる」という負のサイクルに陥っています。これは製造業界が直面している大きなリスクであり、早急な対策が求められています。
日本の製造現場が培ってきた設備保全技術は、世界最高レベルだと言われています。何十年も工場に勤務しているベテランの保全要員ともなれば「この機械はこういう風になると壊れる可能性が高いね」とか「これをやっておけば壊れる前に阻止できる」など、経験と勘で積み上げた素晴らしいノウハウをお持ちです。私たちは、そうしたノウハウをエッジコンピュータに取り込むことで、設備保全の人材不足や現場力不足の解決をめざしています。日本製品の強みは、なんといっても品質です。現場の技術者が工場のオペレーションに注力し、これほどまでに品質の維持向上に努めている国は他に無いと言えるでしょう。この独自の強みを守り抜くためにも、この事業を推進してまいります。
基本情報

PiLink株式会社
〒222-0033
神奈川県横浜市港北区新横浜3-2-6 VORT新横浜 9階
受賞したビジネスに至った経緯
私と創業メンバーの山下は、ともに制御業界の出身です。20年以上、さまざまな企業の工場自動化に取り組んでいる中で、人の手で操作されていたコントローラーや計測機器がコンピュータに置き換わっていく過程を目の当たりにしてきました。
外資系制御メーカーの日本法人に転職してからは、クライアントと一緒にさまざまな制御機器を試作しました。その中で生まれたのが、今の製品の原型となる「産業用ラズベリーパイ」です。オープンコンピュータの代表格であるラズベリーパイと、高度な計測機能や制御機能を持つインターフェースを統合したエッジコンピュータになります。
これをある大手自動車メーカー向けにカスタマイズしたところ好評で「一緒にPoC(概念実証)をやってくれないか」といわれたことが独立のきっかけになりました。「今後は製造現場にこういうエッジコンピュータを入れていく動きが増えるかもしれない」と強い将来性を感じました。
「まずは日本の製造現場で試したい」という想いがあったので、外資系企業を退職し、この製品をつくった山下と共に2024年の4月に独立しました。同年7月から製造現場でのオペレーションを開始し、前職時代からつながりのあるクライアントと、量産に向けて共同開発を進めているところです。
世界の制御機器市場をリードしているのは、主にヨーロッパの企業です。私の実感では、日本は5年くらいの遅れをとっています。しかし、先述のように日本の製造業が持っている保全技術は世界最高レベルです。そのノウハウと私たちのコンピュータを組み合わせれば、「日本初の技術」として世界を席巻することがきるかもしれない。そんな大きな期待を胸に、この事業をスタートさせました。
サービスの特徴

我々のクライアントは大きく二つに分かれます。まずエンドユーザーである工場を営む製造業のお客さまです。彼らは独自の保全ノウハウをお持ちなので、それを我々のコンピュータに落とし込んだ製品を提供します。このように、クライアントのニーズに応じて制御機器をカスタマイズするというやり方は非常に珍しいアプローチです。現状、製造業界では「既製の制御機器に自分たちのやり方を合わせる」というのが一般的です。そのため、お客さまがやりたいことや、独自のノウハウを実現できるコンピュータを提供できることは、私たち独自の強みとなっています。
もう一方のクライアントは、センサーや設備機械を製造しているメーカーです。お客さまは、私たちのコンピュータを自社製品に組み込んで販売することになります。いわゆるOEM供給の形態です。彼らは保全のノウハウをお持ちでないので、私たちが制御業界で培ってきた経験と、エンドユーザーから得たノウハウを組み合わせたソフトウェア・ハードウェアを強みとしてご提案しています。
現状の課題
今後、クライアントが増えることで、社内リソースが不足する可能性が出てきます。現在、エンドユーザーにはカスタマイズした製品を提供していますが、規模が拡大してくればそれも難しくなってくるでしょう。その対策として製品のパッケージ化を進め、コンサルティングなしでもお客様が現場でスムーズに使用できる仕組みをつくることを視野に入れています。
ただ、これをやり過ぎると、私たちらしさが失われてしまう危険もあります。あくまでも我々の強みは、お客さまの声を反映した「世界初」のオープンシステムを実現できること。パッケージ化と個別性をどう両立させていくかが、今後の課題になりそうです。
また、海外展開を成功させるために解決しなければならない問題もあります。現在も海外からのお引き合いはありますが、主に設備メーカーのOEMに限定しています。OEMはお客さまのニーズが比較的明確であり進めやすいからです。
問題となるのは、工場を運営する製造業などのエンドユーザーのケースです。先にも述べたように、この場合はお客様ごとに製品をカスタマイズする必要があり、直接のコミュニケーションが不可欠です。代理店を通じて海外の工場から依頼を受けて、オンラインで進めたこともありますが、やはり伝わりづらいと感じることが多くありました。言葉の壁や距離の壁をどのように乗り越えていくかは、大きな課題の一つと言えるでしょう。
今後の展開
まずは国内のエンドユーザーを増やし、利益を確保することが目標です。そのためにも製品のパッケージ化を進め、新しい依頼にスピーディーに応えられる仕組みの構築をめざします。エンドユーザーの事例が増えれば、我々のノウハウも自然と蓄積されていきますので、よりよい製品にしていくためにも、これは最優先事項だと考えています。
また、海外のOEM展開もさらに拡大していきます。名だたる海外の大手メーカーに我々の製品を提供できれば、売上や実績を大きく伸ばすことが可能です。しかし、そのためにはさらにクオリティの向上が求められます。制御機器の世界市場を占めているのはヨーロッパの大手企業です。彼らがメジャーリーグの選手なら、私たちは育成のピッチャーといったところ。そのフィールドに食い込んでいくためには、技術とノウハウをさらに積み上げて、速い球を投げられるようにしなければなりません。
パートナー企業との連携で実現したいこと
私たちは、お客様のニーズに応じてAIアルゴリズムの開発を行うこともあります。ただしラズベリーパイは計算能力が限られているため、外部のコンピュータでモデルを作成し学習させています。しかし新進気鋭のスタートアップ企業の中には、ラズベリーパイの限られたメモリでの逐次学習を強みとしているところもあると聞きます。こういったスタートアップや、大学の研究室と共同開発を行っている企業と連携できれば、面白いことができるのではないかと感じています。お互いの技術や知識を共有し合い、良いパートナーシップを築けたらいいですね。また海外販売を進めるため、現地のパートナー企業の開拓にも取り組んでいきたいです。現地の制御メーカーなどとの協業が実現すれば、我々がめざす海外展開のスピードがさらに加速するでしょう。私たちはハードウェアの専門家として多くのお客様と共に試作を重ねてきたので、パートナーシップの構築には自信があります。その強みを活かして、新しいことにチャレンジしていけたらと思っています。

実現したいこと テキスト